감사합니다(カムサハムニダ)고맙습니다(コマッスムニダ)について
※この文は、元日本語教師で、今は韓国語の翻訳をやっている夫が書いたものです。
※少し複雑な話なので、韓国語中級以上向けの内容かもしれません。

ティックトックを見ていたら、「旅行者は고맙습니다を使ってはいけない」と言っている日本語話者がいて、「はぁ?」となったので、自分の見解をまとめてみたい。
結論から言えば、「そんなこたぁない」のだけど、「감사합니다を使っておけば間違いない」という意味であれば、正しい。
例えば2泊3日で韓国旅行に行く人が、「ありがとうって韓国語でなんて言うんだろう」と疑問を持ち、一つだけ覚えていくとしたら(素晴らしい心がけだと思う)、カムサハムニダで良い。カタカナ英語で「サンキュー」とか言うよりよっぽど感じが良いと思う。
韓国に興味を持って韓国語を学び始めると、「ありがとうございます」は「감사합니다(カムサハムニダ)」であると知り、もう少し勉強するとほぼ同じ意味の「고맙습니다(コマッスムニダ)」を知ることになる。
- 감사합니다:「感謝하다」という動詞を活用した形(形容詞の用例もある)
- 고맙습니다:「고맙다」という形容詞を活用した形
「감사합니다」と「고맙습니다」には使い分けがある。
◇この文章で言いたいこと
韓国では漢字語が固有語よりも丁寧という考え方が残っていて、「고맙습니다(コマッスムニダ)」よりも「감사합니다(カムサハムニダ)」のほうが「敬意が高い」と考える人が多いようだ。
漢字語と固有語
ティックトッカーの発言について調べてみて少し驚いたことだが、韓国では小さい子どもが大人に対して、「고맙습니다」とお礼を言うと、親が「大人には감사합니다と言うんだよ」と教えることもあるそうだ。
ただ、国立国語院という日本の国立国語研究所のようなところの見解では、「고맙습니다」で問題ないとしているようだ。
逆に、大人が友達や子どもなどに非丁寧語で「ありがとう」というときは、「감사해」をほぼ使わず、「고마워」を使うことからも、カムサハムニダは形式張った言い方という認識があり、上記の親の教育も「考え方としては理解できる」範囲にあるようだ。
「ようだ」というのは、韓国でも確定している考え方ではなく揺れがあるからで、固有語を大切にすべきだという考え方と、漢字語のほうが「なんとなく上」という認識が混ざり合っているからだ。

日韓に共通する「和語(固有語)と漢語(漢字語)」のニュアンス
日本語には和語と漢語があり、硬軟で言えば、和語が柔らかく、漢語が硬い。同じように和語は口語的で漢語は文語的だ。
公文書では漢語が多くなることからも分かるように、漢語は形式的であり、フォーマル(公式的・形式的)な印象を与える。
後述するが、親しみを込めた表現は、インフォーマル(カジュアル)になる。
思いやり―配慮
断る―辞退する
終わる―終了する
確かめる―確認する
危うい―危険
これは韓国語の固有語と漢字語でも同じことが言える。
나이―연령(とし・年齢)
집―주택(いえ・住宅)
돕다―원조하다(助ける・援助する)
고치다―수정하다(なおす・修正する)
부드럽다―유연하다(柔らかい・柔軟だ)
ただ、韓国語は日本語よりも、単語全体に占める漢字語の割合が高く、口語でも漢字語をよく使う印象がある。
소중하다 大切な 所重하다
미안하다 申し訳ない 未安하다
고생하다 苦労する 苦生하다
어색하다 気まずい 語塞하다
허무하다 虚しい 虚無하다
도망가다 逃げる 逃亡가다
いたずらして、「逃げろ!」というときに韓国では「逃亡しろ!(도망쳐)」という形になるので、日本語話者としては違和感がある。
「敬意」と「フォーマルさ」の関係
固有語の고맙습니다よりも、漢字語の감사합니다を使うことで、形式的、あるいはフォーマルな印象が強まるのは、日韓共に歴史的な背景があるのではないかと思う。
日本書紀が漢文で書かれているのはよく知られていると思うが、公的な文章は江戸時代まで日本式の漢文で書かれていたという。韓国語の文字、ハングルにいたっては1443年に作られて、しばらくはほとんど使われてもいなかったようだ。
「お礼なんていらないよ」という関係は、とても親しい(カジュアルな)関係だと思うが、感謝というのは、親しくない人ほど丁寧に(フォーマルに)言う必要がある。
相手に「食事が済んでいるかどうか」を尋ねるとき、「ご飯食べましたか」「食事されましたか」などいろいろあるが、上司に聞くときは、「ご飯」より「食事」を使う。
これは韓国でも同じで、「밥(パプ)」ではなく「식사(食事)」を使う。この場合も漢字語のほうが「敬意が上」というのは、日韓で共通しているようだ。
韓国にはさらに、祖父母などに使う「진지(チンジ)」という敬語があるが、これも実は固有語ではなく、「辰時」という漢語から生まれた語という。
ただ韓国では上司に「진지」は使わず、「식사」を使うため、敬意を高めるのは、上司よりも祖父母が上という点が、日本とは大きく異なる。

語尾の違い。니다(ニダ)・요(ヨ)
「감사하다」という動詞を使って感謝の気持ちを伝える形には、감사합니다のほかにもざっと、
감사해요/감사해/감사/감사함/감사했습니다/감사했어요/감사했어――このくらいある。
過去形が使えるのは、日本語と同じ。
副詞などを使えば、정말 감사합니다/대단히 감사합니다 なども使える。
同じく、「고맙다」という形容詞を使って感謝の気持ちを伝える形には、고맙습니다のほか、
고마워요/고마워/고맙다/고마웠어요/고마웠어――このようなものがある。
このうち、韓国語の반말(パンマル ※非丁寧語)にあたるのは、
감사해/감사/감사함/감사했어
고마워/고맙다/고마웠어
一方、반말の対義語にあたる、존댓말(※尊待、尊敬語)は
감사합니다/감사해요/감사했어요
고맙습니다/고마워요/고마웠어요
となる。
つまり形式上、韓国語は「니다(ニダ)」か「요(ヨ)」が語尾についていれば、尊敬語になる。
学問的にどう定義されているのかは、調べても分からなかったが、반말でないものは、존댓말になるようだ。
単語の違いよりも「語尾(니다 / 요)」の違いが重要?
前述のティックトッカーは、감사합니다と고맙습니다では「敬意の度合いが違う」と言いたかったのだろう。
前述したように、実際にそのような考え方もあるにはあるようだ。
しかし私は大学院の指導教授だった恩師(最も敬意を示すべき存在)に「고맙습니다」を使うし、使っても問題ないと認識している。ただ、감사해요/고마워요は使ったことがないし、使えない。
ということは、敬意の違いは감사하다と고맙다という単語の違いよりも、니다と요の語尾の違いのほうが大きいことになる。
감사합니다と감사해요、고맙습니다と고마워요の四つについて、語学学校などで「同じ意味」と習った人もいると思う。だが実際には、このように片方が「絶対に使えない」ケースがあるわけだ。
「요(ヨ)」が持つ柔らかさと親しみ
形の上では「니다(ニダ)」も「요(ヨ)」も尊敬語になるが、敬意が違う。
なぜ敬意に違いが生じるかというと、「요」のほうが「親しみのある柔らかい」表現だからだ。
なぜ、これらが柔らかくなるかというと、ヨという「音」自体が、ニダに比べて柔らかいからだと思う。日本語でも「行こうよ」「食べようよ」など「よ」をつけると柔らかい印象を受ける。
「니다」よりも「요」のほうが女性的などと習うこともある。基本的には韓国語の語彙や文法に男女差はないと言われるが、ドラマなどでいわゆる「おねえキャラ」の男は「ニダ」ではなく「ヨ」の語尾を使う。ただ、普段の会話では男性も普通に「ヨ」の語尾を使う。
つまり、「니다」と「요」の違いは、柔らかさで、柔らかさは「親しみ」(カジュアルな関係)につながり、親しみが加わることで、敬意が下がることになる。

長さと丁寧さの関係
韓国ドラマを見ていると、パンマルを使う相手に対し、「말이 짧다」(言葉が短い)と言って咎めるシーンがときどきある。これは、パンマルが語尾に「요」とか「니다」がついていない分、短いことを示していて、ようするに、敬語を使えという意味だ。
文字数が敬意に関係するのは日本語も同じで、「私がします」を
私がする
私がしましょうか
私がしてもいいですか
私がさせていただきます
私がさせていただいてもよろしいでしょうか
と言い換えると、概ね、長くなるほど丁寧な印象を受ける。
コマッスムニダも、
「도와주셔서 고맙습니다」(助けてくださりありがとうございます)とすれば、ただ「カムサハムニダ」というより丁寧な印象を与えるだろう。
日本語でも、「します」と言えば済むところを、なんでもかんでも「させていただきます」と言う風潮が続いているが、長くなるほど「まどろっこしい」印象になり、それが丁寧さにつながっていく。
入った瞬間、「空いてるとこ、どうぞ~」という居酒屋と、店員がドアを開け、「ご予約のお名前をうかがってもよろしいでしょうか」、「XXX様ですね。お待ちしておりました。ご案内いたします」となる高級店だと、やはりまどろっこしい後者のほうが丁寧なのは間違いない。まどろっこしいほど、形式的だからだ。
ただ、慇懃無礼という「丁寧すぎて失礼」という態度があり、ただひたすら、長くすればいいというものではない。

終わりに
旅行者は「고맙습니다(コマッスムニダ)」を使うなという投稿を見た瞬間、「はぁ? 使えるけど(怒」と思ったが、いろいろ調べて気づきもあり、自分が思考停止していたことが分かった。
「親しみ」を込めるほど、「敬意」が下がるという仮説をたてることができ、これは韓国語の반말と존댓말、日本語の非丁寧語と丁寧語の違いにもつながるのだと思う。
韓国人が親しくなるために会ったばかりの人にパンマルで話そうと提案するのと、日本の若者が年長者にいわゆるタメ口を使うことにどのような違いがあるのかについても機会があれば考えてみたい。